昨日、横浜流星さん主演の映画「嘘喰い」を見てきたので、その感想をかきなぐります。
この映画での気づきが、情報発信に生きると思いました。
もしこの気づきを情報発信でやっていなかったとしたら、売上が雲泥の差になると思いますね。
では語っていきましょう。
この映画は、ギャンブルの戦いを繰り広げる、国を支配するレベルにデカい裏組織がテーマ。
この裏組織に入会し、勝ち続ける天才ギャンブラー(横浜流星さん)が、
ある時強敵に負け、命を落とされそうになったことをきっかけに戦いの場から姿を消したんですよね。
でも、どうやら最近、あの組織に戦いを挑んで暴れているやつがいるらしいと聞いて、再び挑戦しようと、戦いの場に出る。
というお話です。
ただ、闇の組織というだけあって、ギャンブルの戦いの場では、「相手に気づかれないイカサマはOK!」というルールが。
当然、敵達は主人公に気付かれないようにずるいイカサマをしかけてきます。
でもそこは天才ギャンブラーの主人公。
イカサマを簡単に見抜き、見事勝利を掴んでしまうわけです。
もちろん相手は強敵だらけなので、一筋縄ではいかないけども、いろんな仲間たちとともに戦いを繰り広げ、なんとか戦いの頂点に立つ。
果たして主人公は、勝つことができるのか!?
というお話です。
この映画を見てまず思ったことは、
ギャンブルは現実には絶対やるべきではないということです笑
映画では、トランプを使ったギャンブルなど、いろんなゲームが出てきますけど、
現実でギャンブルというと、仮想通貨なり、FXなりを僕は思い浮かべました。
ああいうのは、仮にうまくいって1000万儲かっても、
次の日には1000万の借金、
なんてことがあり得る世界です。
え、1000万が全て解けるならまだしも、
しゃ、借金!?
しかも1000万!?
っていう、本当の意味で人生が終了する状態になりかねないのです。
僕も昔仮想通貨を給料全額を注ぎ込んで、全部解けたので、
その危険性は体感としてわかっています。
まあ、だからこそ、映画になるんです。
ギャンブルは面白い。ついハマってしまう。
だから映画として見る分には面白いんですよね。
ギャンブルは映画やドラマの世界だけにしておこう、
と強く誓いました笑
そしてもうひとつ。
僕が惜しいなって思ったのは、
主人公である天才ギャンブラーの背景がほとんど描かれていないことです。
(僕の頭が悪くて、もし描かれていたらすいません笑)
なぜ主人公は天才ギャンブラーになったのか?
なぜ命の危険を晒してまで、ギャンブルにのめり込むのか?裏組織にまで挑むのか?
そこら変の、「主人公の成り立ち」が全く分かりませんでした。
主人公の背景がわからないと、ストーリーって共感できないんですよ。
例えば、こんなストーリーがあったらより楽しめましたかね。
天才ギャンブラーの主人公は、もともとギャンブルなんか得意でもないし好きでもなかった。
でも、あるとき大好きな恋人が、ギャンブル裏組織に囚われてしまった。
なんとかして助け出そうと、俺はギャンブルを学び、裏組織に戦いを挑んだ。
最初は負けて負けて負けまくり、借金1000万を背負った。
それでも俺は恋人を助けたい。諦めなかった。
数年間がむしゃらにギャンブルの修行を積んだ結果、
ついに天才と名乗れるギャンブラーに俺はなったんだ。
恋人も助け出すことができた。
俺らは幸せに暮らした。
はずだったのに・・・
なんと、裏組織の連中に復讐され、またもや恋人を捉えられてしまったのだ。
だから俺はふたたびギャンブルの世界に姿を現す。
お前ら覚えていろ。
俺は必ずお前らをぶっつぶし、恋人を助け出す・・・!
みたいな笑
そういう主人公の背景があった上で、見たらめっちゃ共感したりできるだろうなあって思うんですよ。
(あくまで僕の妄想です。原作では描かれていたとしたらすいませんw)
だって、主人公の辛かった背景、主人公がなぜ戦いに挑んでるのか?がわかっていれば、
ちょっと戦いに負けた時も、
「ただ負けた」という悔しさだけじゃなくて、
恋人を2回も誘拐されたのに、修行も積んできたのに、こんなところで負けてしまうなんて!!
っていう悔しい思いを感じれるじゃないですかこっちも。
だから映画には背景って大事ですね。
鬼滅の刃だってものすごい背景ありますよね?
炭治郎は、「ども〜鬼狩りやってまーす!」って感じだったらどう思います?
仮にその炭治郎が鬼に負けても、あんま泣けないと思います。
だけど実際は、
妹を鬼にされたんですよ。
そして、どんな手を使ってでも鬼の血を集め、妹を元の人間に戻したい・・・。
お前ら覚えていろ・・・絶対に俺は諦めない・・・。
そのような背景があるからこそ、
僕らはこんなに感動して泣いているんです。
(無限列車編は泣かなかった人の方が少数派かと思いますw)
というわけで、
ドラマや映画は主人公の背景を強く出すほど感動しやすい。
これは別にドラマや映画だけの話じゃなく、
なんだってそうなのです。
僕は情報発信をしているのですが、
どの発信でも、
「なぜ俺はこんな発信をしているのか?」
を押し出すようにしています。
ビジネス的に言えば、企業理念みたいなものですよね。
僕の知り合いに育毛剤の情報発信している人がいるんですが、
彼も、
「僕は育毛剤の紹介サイトを運営してます!宜しくです!」
っていうスタンスじゃないんですよ。
「僕は昔ハゲで、なんでハゲてんの?と女子にバカにされ、振られまくったことで追い詰められて、人生詰んだんです。でもなんとかこんな日陰ばかりの人生をひっくり返したい・・・髪をはやして本当の自信を取り戻したい・・・。そこから僕の育毛剤研究は始まりました。」
みたいなストーリーが描かれています。
そんなサイトで育毛剤が紹介されていたら、なんかいいなって思いません?
この人こんなに辛かったんだ・・・!
そんななか、育毛剤の研究をして、本当に効く育毛剤をついに発見したんだな!
俺も、この人についていきたい!この人と同じ育毛剤を買いたい!
ってなるわけです。
人は感情的な生き物ですから、
なんの背景もない発信者には何も感じませんし、
そういう人から商品買おうとは思いません。
かなり話がずれましたが、
まとめると、
今回の映画「嘘喰い」は、誰もがついハマってしまう麻薬的な娯楽「ギャンブル」にフォーカスした面白い映画ではあったんですが、主人公の背景がないので僕はあまり感情が動かなかった。
ということです。
僕は情報発信をするときは背景を強く意識しているのでいいんですが、そのことを忘れないように、今一度肝に銘じようと思いました。
ギャンブル好きな人はもちろん、コロナで最近刺激がないなーという人は、この映画で刺激を得に行くのはおすすめです。
情報発信をやっている方は、主人公の背景がないと面白さが半減するってことを意識しながら見てみると、気づきが得られるはずです。
ではまた!
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